スピリチュアル七福神占い
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日本橋の七福神巡りについて
七福神と言えば、
福禄寿(ふくろくじゅ)、
布袋尊(ほていそん)、
弁財天(べんざいてん)、
大黒天(だいこくてん)、
毘沙門天(びしゃもんてん)、
寿老人(じゅろうじん)、
恵比寿天(えびすてん)の
七柱の神様のことですね。
日本橋は七福神と関わりの深い神社をすべて巡ることができます。
以下に順番にご紹介してまいります。
日本橋の七福神めぐりはとても有名でお休みの日などはたいへん賑わうこともございます。
もし日本橋で占いやカウンセリングをお探しならスピリチュアリー東京まで途中お立ち寄りくださいませ。
場所は東京駅や京橋駅日本橋駅から徒歩で来られます。
◎小網神社(福禄寿、弁財天)◎
西暦1466年に疫病が蔓延したことがありました。その時に、漁業に携わっていた翁が、海の上で網に引っかかった稲穂を持ってきました。
とある僧侶の託宣により、
その翁を稲荷大神として祀れば悪疫は鎮まるという考えからはじまった神社です。
その由来から強運厄除けの神様として崇められています。
また東京銭洗弁天も祀られています。小網神社の概要
- 所在地: 東京都中央区日本橋小網町16-23
- アクセス: 人形町駅から徒歩5分、水天宮前駅から徒歩10分
- 歴史と特徴: 小網神社は戦前から現存する日本橋地区唯一の神社で、戦時中の空襲で周囲が焼け落ちる中、この神社だけが無事だったことから「奇跡の神社」とも呼ばれています。また、戦時中に参拝した兵士たちが無事に帰還したというエピソードから、強運の神としても有名です。
銭洗弁天の特徴
- 銭洗いの井: 小網神社の「銭洗いの井」では、お金を洗うことで金運や財運が向上すると言われています。これは鎌倉の銭洗弁財天と同じく、お金を洗って清めることで運が開けるという信仰に基づいています (RinRinsHappy)。
- 昇り龍と降り龍: 社殿には昇り龍と降り龍の彫刻が施されており、これも強運のシンボルとされています。
ご利益
小網神社は金運向上だけでなく、厄除けや強運をもたらす神社としても知られており、多くの参拝者が訪れます。また、定期的に様々な神事や行事も行われており、地域の信仰の中心として機能しています (Koami Jinja)。
七福神めぐり1・場所・アクセス
東京都中央区日本橋小網町16-23
TEL:03-3668-1080
◎茶ノ木神社(布袋尊)◎
伏見が由来となる稲荷様
稲荷といっても狐ではありませんので、
お間違えのなきように。
もともとは徳川時代の大老、
堀田家のお屋敷の中にありました。
長年にわたってお屋敷には火災が起こらなかったことから、
火伏せの神様として崇められました。
その当時からお茶ノ木様と呼ばれて人気があったそうです。
七福神めぐり2・場所・アクセス
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町1丁目12−11
◎松島神社(大國神)◎
鎌倉時代に建てられたとされる。
御祭神が14柱と非常に多いのが特徴です。大国主神、
つまり大黒様はそのうちの1柱です。
柴田家の邸宅内にあった社。
大正に入ってから周辺の再開発が進んで行くなかで、
日本各地から匠が集まってきましたが、
その中心に位置した松島稲荷に、
各地の神様の合祀が頼まれたことで現在にいたる。
七福神めぐり3・場所・アクセス
中央区日本橋人形町2-15-2松島ビル
◎末廣神社(毘沙門天)◎
江戸時代に吉原がちょうどこのあたりにありました。
その頃の土地の神様、産土神(うぶすながみ)と伝わっております。
その後、大火によって吉原が移転、高砂町・住吉町・新泉町・難波町の、
氏神様として崇められてきました。
名前の由来は1675年ごろ、
社を修繕している時に末廣扇が発見されたことを、
ご縁として今の末廣神社と名付けられる。
七福神めぐり4・場所・アクセス
中央区日本橋人形町2-25-20
◎笠間稲荷神社(寿老人)◎
日本三大稲荷に数えられる笠間稲荷の分社です。
もともとの由来としては、
笠間藩主の牧野邸宅内の社でした。
廃藩後に牧野邸が移転したことで公の社となりました。
関東大震災や東京大空襲などで何度か焼失している。
現在の社は1953年に再建されたもの。
末廣神社からとても近い場所にあります。
七福神めぐり5・場所・アクセス
東京都中央区日本橋浜町2-11-6
◎椙森神社(恵比寿神)◎
平安時代に建てられた神社。
俵藤太秀郷によって、
平将門追討の折に、その報償としていただいた狐像(白銀)が奉納されたという。
1600年ごろに恵比寿大神が合祀される。
昭和の東京大空襲の折には、
神社の氏子たちが空襲を免れたと伝えられている。
七福神めぐり6・場所・アクセス
東京都中央区日本橋堀留町1-10-2
◎寶田恵比寿神社(恵比寿神)◎
徳川家康が江戸に入る前は、
宝田村の氏神様でした。
江戸城が拡張されることにあわせて、
今の場所に移ることになりました。
その後、商売や運輸などで当地がとても賑わったと伝えられています。
御神体は運慶作、左甚五郎作など諸説伝えられています。
七福神めぐり7・場所・アクセス
中央区日本橋本町3-10-11
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